マキノ駅から長光寺に向かうと、東側から長光寺に近づくことになります。その際、最初に眼に入るのが、鐘楼です。
長光寺では、この鐘楼を「鐘撞き堂」と呼んでいます。
これは、1898(明治31)年の建立で、藤岡和泉8代目重兵衛光隆の手によるものです。
藤岡和泉は、代々、長浜曳山祭の曳山の多くを手がけ、長浜仏壇(浜壇)の創始者ともされます。京仏壇や彦根仏壇とは異なり、金箔などは少なめにして、檜や欅の素材を活かすことを特徴としています。
鐘撞き堂の木鼻上に据えられた鬼の下絵が、現在も藤岡家に伝えられています。
この下絵は、2021年に「藤岡和泉―ユネスコ無形文化遺産・長浜曳山祭を造った大工のすべて―」という企画展で、長浜城歴史博物館に展示されました。現在の鐘撞き堂の鬼が、下の写真です。
鬼は全部で8体ありますが、少しずつポーズや表情が異なります。
下の写真は、調査に当たってくださった坂口泰章氏(向かって右・長浜城歴史博物館学芸員)と住職(向かって左)です(コロナ禍真っ只中(2021-06-27)だったために、2人ともマスクをしています)。
長光寺の本堂再建(1854年)から44年後の建立となりますが、本堂の木鼻や欄間の彫刻とも相通じる作風があります。記録が無いので確定的なことは言えませんが、或いは本堂の方も藤岡和泉一門によるものだったのかも知れません。
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